日本語抄録
Vol.15-3
心理社会的要因と健康:地域および職域における研究
Psychosocial Factors and Health: Community and Workplace Study
堤 明純(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 衛生学・予防医学分野)
心理社会的要因が健康に及ぼす影響に注目が集まっている。疫学研究においては、心理社会的要因を測定するツールが心理特性上信頼でき、かつ、妥当であることが、重要な前提となる。職業性ストレスモデルの導入は、職域の複雑な現象を概念化することに大きな貢献をした。本稿では、地域および職域において心理社会的要因と健康との関連を明らかにしようとするいくつかの試みについて記述する。ソーシャルサポートと心理社会的な仕事の特徴を測定する尺度を開発し、その妥当性を確認した。得られた所見からは、これらの尺度を用いて測定した劣悪な社会的関係や仕事の特徴は健康問題と関連することが示唆された。測定の妥当性を追求し、また、心理社会的要因と健康との間の因果関係を確立するために、前向きのコホート研究や介入研究が必要である。
キーワード:心理社会的要因、測定、ソーシャルサポート、ストレス、介入
(P65~69)
Body Mass Index and Mortality in a Middle-aged Japanese Cohort
Rumiko Hayashi, et al.
(P70~77)
日本の農村地域における高齢者の生命予後に及ぼす社会関係の影響:88ヶ月間の追跡研究
Effects of Social Relationships on Mortality among the Elderly in a Japanese Rural Area: An 88-month Follow-up Study
村田千代栄(浜松医科大学健康社会医学講座)、近藤高明、堀容子、宮尾大樹、玉腰浩司、八谷寛、榊原久孝、豊嶋英明 背景:社会関係と生命予後の関連については、欧米を中心に多くの縦断研究が行われ、社会関係が豊かな高齢者ほど死亡リスクが低いことが確認されている。本研究では日本の農村地域在住の高齢者の社会関係と全死因死亡との関連について検討した。
方法:調査地は長野県南部の果樹園栽培を主とする町である。基本的ADL(移動、排泄、入浴)のいずれかに介助を要する者は除いたため、解析対象者は1,994名(女性の割合58.1%)で調査地の高齢者全体の78.3%となった。自記式アンケートによる調査は1992年に行われ、回答者は1999年まで追跡された。社会関係(気楽な友人・相談相手・地域団体参加・仕事の有無、家族類型)と追跡88ヶ月間の全死因死亡との関連は、Cox比例ハザードモデルを用いた検討を行った。
結果:年齢、治療疾患、主観的健康観、社会関係、年収、持ち家の有無を調整しても、後期高齢男性では地域団体に参加すること及び仕事を持つことが有意に死亡リスクの低さと関連していた。死亡ハザード比(95%信頼区間)は、それぞれ0.62 (0.41-0.94)、0.60 (0.40-0.90)であった。後期高齢女性では、仕事を持つこと、独居であることが死亡リスクの低さと有意に関連し、死亡ハザード比(95%信頼区間)は、それぞれ0.67 (0.45-0.99)、0.35 (0.13-0.97)であった。
結論:本研究では、後期高齢者においてのみ、社会関係と生命予後との間に有意な関連が認められた。また、一人暮らしの後期高齢女性の死亡リスクが有意に低いことが認められた。社会関係についての研究には、家族関係の質も考慮することが必要と思われた。
キーワード:社会関係、家族類型、三世代世帯、後期高齢者
(P78~84)
日本男性、田主丸検診受診者における40年以上に亘る栄養摂取と血清コレステロール値の経年変化について
Trend in Nutritional Intake and Serum Cholesterol Levels over 40 years in Tanushimaru, Japanese Men
足達 寿(久留米大学医学部第三内科)、日野明日香
背景:1958年に本邦におけるコーホートで世界7カ国共同研究が始まって以来、急速な社会経済上の発展が、生活習慣や食事の摂取パターンに大きな変革をもたらしてきた。我々は、世界7カ国共同研究の日本のコーホートである、九州の典型的な農村地区の田主丸町において、栄養摂取と血清コレステロール値の経年変化を調べた。
方法:対象者は、1958年が628名、1977年が539名、1982年が602名、1989年が752名、1999年が402名であり、対象者は全て40-64歳の男性で、食事調査は1958年から1989年は24時間思い出し法、1999年はfood frequency質問表を用いて評価した。また、そのどの検診時にも血清コレステロール値を測定した。
結果:毎日のエネルギー摂取は、1958年の2837kcalから1999年の2202 kcalに著減した。特に炭水化物エネルギー比は1958年の84%から1999年の62%へ著しく減少した。これに対して、蛋白質の摂取量は11%から18%に増加し、脂肪の摂取は5%から20%に急増した。この蛋白質、脂肪のドラマチックな変化と呼応して、血清コレステロール値は152.5mg/dlから194.2mg/dlに著しい上昇を示した。
結論:このような欧風化した食事の大きな摂取量の変化にも関わらず、この農村地区の虚血性心疾患の発症は低いままであった。しかしながら、この著しい脂肪摂取の増加、特に飽和脂肪酸の増加のために注意深い観察が将来において必要になると考えられる。
キーワード: 冠動脈疾患、コレステロール、食事、脂肪酸、危険因子
(P85~89)
症例対照研究による胃がんの発生における血清MnSODの役割の検討
A Case-Control Study Exploring the Role of Serum Manganese Superoxide Dismutase (MnSOD)
Levels in Gastric Cancer
林櫻松 (愛知医科大学医学部公衆衛生学)、菊地正悟、柳生聖子、小幡由紀、東京胃がん予防に関する研究グループ
胃がんの発生における血清MnSODの役割はまだ明らかにされていない。血清MnSODと胃がんの関連を検討することを目的に症例対照研究を実施した。症例は275例胃がん患者で、対照は症例と性、年齢でマッチした275人の健常人であった。血清MnSODの測定はELISA法によった。血清MnSOD濃度の平均値(標準偏差)は症例では177.4±87.3 ng/ml、対照では169.4±56.7と症例群のほうが少し高かった。喫煙やピロリ感染を調整した場合、血清MnSOD濃度が最も低い4分の1に対する最も高い4分の1の対象者のオッズ比は1.54(95%信頼区間:0.79?3.01)であった。ステージや組織型、静脈浸潤、リンパ節転移などの臨床指標で胃がん患者を2群に分け検討したところ、いずれも有意差は認められなかった。血清MnSODと胃がんのリスクの間に有意な関連は認められなかった。
キーワード:血清MnSOD濃度、胃がん、リスク、症例対照研究
(P90~95)
Cardiovascular Risk Factors in Hemodialysis Patients: Results from Baseline Data of Kaleidoscopic Approaches to Patients with End-stage Renal Disease Study
大澤正樹(岩手医科大学医学部衛生学公衆衛生学講座)、加藤香廉、板井一好、小野田敏行、近田龍一郎、藤岡知昭、中村元行、岡山明
背景:日本人成人透析患者の心血管危険因子保有状況と心血管疾患合併症有病率は十分に明らかにされていない。
方法:KAREN研究(Kaleidoscopic Approaches to Patients with End-stage Renal Disease Study末期腎不全患者に対する多面的な取り組み研究)では、岩手県北部に在住するすべての成人透析患者1,506名のうち、1,214名(平均年齢61.2歳、男性779名、女性435名)から同意を得て登録調査を行った。予め決めたクライテリアにより原因腎疾患を決定した。また、心血管危険因子の保有状況と心血管疾患合併状況を調査した。危険因子は直接法により年齢と性別を調整し、合併疾患有病率は標準化有病比(SMR)を用いて同地域に住む一般住民と比較した。
結果:透析患者の主な腎不全原疾患をみると、慢性糸球体腎炎が29.8%、糖尿病性腎症が24.5%であった。透析患者の合併疾患有病率とSMRは、心筋梗塞症が13%と9.6、脳卒中が13%と5.7であった。高血圧症有病率は87%で糖尿病有病率は29%であった。透析患者の平均血圧は155/85 mmHgであった。総コレステロール値(TC)、HDLコレステロール値(HDLC)、血清アルブミン値(Alb)の平均値は一般住民と比較して低かった(透析患者vs一般住民、TC:160.6 vs 203.3 mg/dL、HDLC:48.5 vs 59.7 mg/dL、Alb:3.7 vs 4.4 g/dL)。血清高感度C反応性蛋白質(CRP)値の平均は一般住民と比較して高かった(透析患者vs一般住民、3.80 vs 1.16 mg/L)。
結語:一般住民と比較して、透析患者では心血管危険因子保有率は高く、栄養関連マーカーの血清アルブミン値は低く、CRP値は高かった。
キーワード:カレン研究、透析、心血管危険因子、一般人口、横断研究
(P96~105)