愛知県の8020調査で
日本疫学会と出会う


愛知学院大学歯学部口腔衛生学講座 中垣 晴男
プロフィール


 今では歯の健康づくり運動の代表として「8020運動」(80歳で20歯を持とう)は国民に広く知られるようになった。また,健康日本21 でも2010(平成22)年の到達目標として取り上げられている。この「8020 運動」は世界最長寿国である日本の歯科から世界へ放った,数少ない健康目標である。8020運動がスローガンとして提唱されたのち,疫学的根拠を得るために行った8020調査は,本疫学会の大野良之先生ご指導でまとめることができた。また,先生の推薦で日本疫学会へ入会することになった。その後,愛知県では,関係者の連携の下に,8020達成にむけた,歯の健康づくり活動が展開されている。


1. 8010運動から8020運動へ

 1985(昭和60)年に豊田市老人保健調査で「酢だこ」と「古たくあん」を噛むことができる人は,歯の喪失歯数が10歯を超すと,60〜50%の割合となってしまうことが分かった。酢だこや古たくあんを噛み切るには,約20kg(単位当たり)必要で,日本の通常の食品の中でもっとも噛む力が必要であるという研究から,指標として用いられた。その結果で,平均寿命の80歳で何でも不自由なく食べるためには喪失歯を10歯以内にしようとして「8010運動」が考え出された。これは,全国の保健所など行政につとめる歯科関係者の会で報告され注目された。1989(平成元)年3月愛知県行政が主催する愛知県衛生対策審議会歯科保健対策専門部会で,この運動を歯の健康づくりのスローガンとして取り上げようとしたとき,失った歯を数えるのは難しく,口の中に現存する歯を数えたほうが分かりやすいという意見が出された。
 28歯−10歯=18歯≒20歯,すなわち“8020運動”が提唱されることになったのである。この8020運動が,1989(平成元)年に厚生省の委員会(成人歯科保健対策検討会中間報告;砂田今男会長)で「歯科保健目標の設定(8020運動)」として取り上げられ,全国的な運動となった。「健康日本21」の目標値の設定より10年前のことである。

2. 愛知県における8020疫学調査と大野良之教授との出会い

 8020の高齢者がどの位の割合で存在し,どのような要因から歯を保有するに至ったかについて学術的な調査が愛知県歯科医師会,愛知学院大学歯学部が中心になって1990(平成2)年に開始された。はじめは8020達成者とその対照者(同性同年齢)を歯科医師と歯科衛生士のペアが訪問し,生活歴質問票と口腔内診察を行うものであった。この時にご指導をいただいたのが,当時の名古屋大学医学部予防医学講座大野良之教授(現旭労災病院長)であった。1990(平成2)年には,また,当時人口約5万人の愛知県T市の80歳以上全員約1,800名(人口の3.6%)を母数として,往復はがきで質問票を送り,約1,200名の回答者中,20歯以上保有者が1割の約120名であることが分かった。さらにT市の協力を得て20歯以上ある(と思われる)高齢者とその高齢者に一番近くに住んでいて,同性同年者を対照者として選び,前回と同様,歯科医師と歯科衛生士のペアが訪問し,質問票の聞き取りと口腔診査を行った。その後,1993(平成5)年には,T市で同じ8020者と対照者を対象として,食事栄養調査を行った。その後毎年8020者と対照者の生存率調査を今年まで継続して行ってきている。
 大野良之教授のご指導の下に,今日までに8020者と対照者の現状,生活,食事歴,生存率を比較した調査結果が報告することができ,さらに,この8020疫学調査がきっかけで大野教授のご推薦で,本疫学会へ入会させていただくことになった。

3. 愛知県における8020表彰事業

 国で8020運動が取り上げられた1989(平成元)年の11月には,愛知県歯科医師会で「8020表彰事業」が開始された。これは実際に80歳で20歯以上を保有している高齢者を表彰するもので,1989(平成元)年の第1回は241名(男性145名,女性96名)が表彰された。以来毎年実施されている。1999(平成11)年までに4,762名の高齢者が表彰されている。表彰者から,歯の生存率は前歯・小臼歯80%,大臼歯72%という,平均値より10倍も高率であることが分かった。今日,全国で同様な表彰事業が広く行われている。

4. 愛知県飛島村における歯の健康づくり支援活動(「歯の健康づくり得点」と「8020さわやか手帳」の活用)

 愛知県T市における一連の8020疫学調査から歯の喪失を予防する生活・食事習慣が明らかになってきた。この生活・食事習慣参考として,愛知県飛島村(人口約4,000名)で10項目(合計20点)の質問からなる「歯の健康づくり得点」が開発され,1999(平成11)年から,住民の歯の喪失予防のために活用されるようになった。現在飛島村では,この「歯の健康づくり得点」を,6か月毎に,5年間セルフチェックできるよう,「8020さわやか手帳」が作成され使用されている。
 1999(平成11)年から4年間の追跡結果では,飛島村の成人(20〜60歳)は4年間で平均1歯喪失していること,16〜20点(上位1/4)の得点の人はそれ未満の人より歯の喪失リスクが1.82倍低いことが明らかになっている。現在は15点以下の人を対象にいろいろの方法によって介入し,好ましくない生活習慣を改善して,その得点を増加させるように働きかけ,歯の喪失予防効果を調査中である。
 なお,この「歯の健康づくり得点」は,歯を失うリスクの高さをチェックできる手法として,愛知県や三重県などの市町村,その他の地域で活用されはじめている。

5. 健康日本21および都道府県健康増進計画における8020目標

 健康日本21では2010(平成22)年の8020目標値が取り入れられ,2000年で80歳で20歯以上の高齢者が11.5%であったのを20%にするとされている。また全国の都道府県健康増進計画でも,8020の目標値が挙げられていている。
 愛知県の「健康日本21あいち計画」および三重県の「ヘルシーピープルみえ21」では,8020目標値以外に,「歯の健康づくり得点の16点以上」それぞれ56%,73%とする目標値も取り入れられている。

6. 愛知県の8020調査の流れをまとめる

 愛知県の8020運動に関する調査の流れをまとめてみると次のようになる。

1)80歳で20歯以上保有すると日常食品は概ね噛むことができるということを地域の歯科医師会と大学と協力して明らかにしたこと。
2)80歳で20歯以上保有する者とそうでないものを対照とした症例対照研究を歯科大学・医科大学とで実施し,20歯以上保有するために関係する生活食事習慣を選び出したこと。
3)選び出された生活食事習慣を簡単な点数票として作成。健診が実施できない場合でも将来の歯を失うリスク把握を容易にできる手法として,県や市町村で活用され始めていること。

 このように8020調査ができ,8020の目標とその目標達成のための「歯の健康づくり得点」を使用した活動が行政施策として愛知県や三重県で健康増進計画に採用されるようになったのは,観察(記述)―仮説―分析―応用(介入)するという疫学のステップに従って進めることができたためと思っている。日本疫学会およびその大野良之教授らに感謝申し上げる。
(日本口腔衛生学会理事長)