がん登録事業は,機密保持を確実に行うことを条件として,本人の同意なしにデータを収集,利用できるよう,法的,制度的に整備するのが国際的な動向である。わが国も,この国際的な標準にあわせるべく,本協議会として各種の活動を続けてきた。最近になってようやく,次のように地域がん登録の法的,制度的環境は大きく改善した。
@ 平成14年7月1日施行「疫学研究に関する倫理指針」の別添3の,「『疫学研究に関する倫理指針』とがん登録事業の取扱いについて」において,府県の個人情報保護審議会などの承認を得れば,「本人の同意」を免除しうることが認められた。
A 平成15年5月1日施行の健康増進法の第16条に,「国および地方公共団体は,(中略)がんなどの生活習慣病の発生の状況の把握に努めなければならない」とあり,地域がん登録事業の実施は,国および府県等の努力義務と規定された。
B 平成15年5月に成立した個人情報保護法の第16条,第23条の解釈について,平成16年1月厚生労働省健康局長は,「医療機関が地域がん登録事業に診療情報を提供する場合は,個人情報の『利用目的による制限』及び『第三者提供の制限』の適用を除外しうる事例に該当する」と通知した(健発第0108003号)。
C 平成16年12月に厚生労働省が作成した「医療・介護事業関係者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」において「健康増進法に基づく地域がん登録事業による国又は地方公共団体への情報提供」は「本人の同意を得る必要はない」と明示された。
D 平成16年7月に実施された「地域がん登録の標準化と精度向上に関しての事前調査」の結果に基づき,第3次対がん総合戦略研究事業祖父江班からの支援の15登録が決定された。
がん登録事業の成果の広報による地域がん登録事業への理解の進展
上記の環境の変化の背景には,本協議会が各種の広報活動を通じて関係各方面に働きかけ,理解を深めてきたことがある。その事例をあげると,
@ 胃がん死亡率は減少傾向にあるが,地域がん登録データにより,胃がん死亡率の減少の相当部分は罹患率の減少によることを明らかにした。
A 大阪府がん登録資料及び全国がん罹患率の推計値データによると,日本では,欧米先進国と異なり,男の全がん罹患率,死亡率が減少する兆しはまだはっきりとは見えず,がん対策の成果はまだ現れていない。2004年度から開始された第3次対がん総合戦略では,「がん罹患率と死亡率の激減をめざして」がスローガンとされたことに現れているように,国のがん対策評価の仕組みとして,地域がん登録の重要性が認識されるようになった。
B 全国がん罹患率(推定値)とがん死亡率の推移を比較すると,胃がんと子宮がんでは罹患率,死亡率ともに減少し,かつ死亡率の減少度が罹患率のそれよりも大きく,大腸がんでは罹患率,死亡率ともに増加し,かつ死亡率の増加は罹患率の増加よりも小さかったが,肺がんでは罹患率,死亡率ともに増加し,かつ両者はほぼ並行して増加していた。これは,胃,子宮,大腸の各がんの検診・医療による死亡減少効果は認められるが,肺がんでは検診・医療の効果が現状では小さいことを意味する。
C 乳児に対する神経芽細胞腫の検診事業は,平成16年度から中止することが決定された。この背景には,ドイツで対照地域に比し検診地域で死亡率の減少が認められないという結果が得られたこと,大阪における罹患率・死亡率・生存率の推移の研究と,大阪と英国における神経芽細胞種の罹患率と死亡率の推移の比較研究によって,神経芽細胞種の罹患率は検診の導入とともに増加したが,死亡率の減少は治療の進歩で説明できる程度であったこと,神経芽細胞種の検診は過剰診断・過剰治療の害をもたらすが,死亡率減少効果が明確でないことが判明したことなどがある。