研究班紹介


地域がん登録全国協議会の活動


地域がん登録全国協議会 大島 明
(大阪府立成人病センター調査部)


 地域がん登録協議会が設立されて13年が経過した。平成17年度の第57回保健文化賞を受賞したことを受けて,これまでの活動を振り返り,今後の課題を検討する。

地域がん登録全国協議会の設立

 地域がん登録全国協議会は,@ 各府県のがん登録室相互間の交流と研究,研修活動を通じて事業の精度を向上させること,A 各府県の病院の院内対がん活動と共同して,地域がん登録事業の基盤整備を図ること,B これらにより,各府県のがん対策の推進に寄与すること,C 将来,国が構築する全国がん登録システムの基幹となることを目的に,平成4年12月に設立された。現在,34道府県市の登録室(北海道,青森,岩手,宮城,山形,茨城,栃木,群馬,千葉,神奈川,新潟,富山,石川,福井,岐阜,愛知,滋賀,京都,大阪,兵庫,奈良,鳥取,岡山,広島県,広島市,山口,香川,愛媛,高知,佐賀,長崎,熊本,沖縄,鹿児島)と1研究団体(国立がんセンターがん予防・検診研究センター)および23賛助団体と1寄付団体から構成されている。
 地域がん登録は,がん対策の企画と対策のモニタリングのための必須の仕組みであり,世界の多くの国々において,法的ないし制度的に裏づけのある形で精度の高い地域がん登録事業が実施されている。しかし,日本のがん登録は,国レベルにおける地域がん登録事業の法的・制度的位置づけの不備と,病院における病歴管理・院内がん登録の両システムの不備により,国際的な基準に照らして登録精度が低くとどまる状況が続いてきた。この状況を改善するため,本協議会は下記のような活動をこれまで行ってきた。

地域がん登録の相互交流,研修,研究,広報

 地域がん登録全国協議会は,平成4年の創設以降,毎年各登録の公式刊行物を収集し比較するとともに,地域がん登録の精度向上と標準化のため,以下の研究活動を行ってきた。

がん登録の法的,制度的整備

 がん登録事業は,機密保持を確実に行うことを条件として,本人の同意なしにデータを収集,利用できるよう,法的,制度的に整備するのが国際的な動向である。わが国も,この国際的な標準にあわせるべく,本協議会として各種の活動を続けてきた。最近になってようやく,次のように地域がん登録の法的,制度的環境は大きく改善した。
@ 平成14年7月1日施行「疫学研究に関する倫理指針」の別添3の,「『疫学研究に関する倫理指針』とがん登録事業の取扱いについて」において,府県の個人情報保護審議会などの承認を得れば,「本人の同意」を免除しうることが認められた。
A 平成15年5月1日施行の健康増進法の第16条に,「国および地方公共団体は,(中略)がんなどの生活習慣病の発生の状況の把握に努めなければならない」とあり,地域がん登録事業の実施は,国および府県等の努力義務と規定された。
B 平成15年5月に成立した個人情報保護法の第16条,第23条の解釈について,平成16年1月厚生労働省健康局長は,「医療機関が地域がん登録事業に診療情報を提供する場合は,個人情報の『利用目的による制限』及び『第三者提供の制限』の適用を除外しうる事例に該当する」と通知した(健発第0108003号)。
C 平成16年12月に厚生労働省が作成した「医療・介護事業関係者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」において「健康増進法に基づく地域がん登録事業による国又は地方公共団体への情報提供」は「本人の同意を得る必要はない」と明示された。
D 平成16年7月に実施された「地域がん登録の標準化と精度向上に関しての事前調査」の結果に基づき,第3次対がん総合戦略研究事業祖父江班からの支援の15登録が決定された。

がん登録事業の成果の広報による地域がん登録事業への理解の進展

 上記の環境の変化の背景には,本協議会が各種の広報活動を通じて関係各方面に働きかけ,理解を深めてきたことがある。その事例をあげると,
@ 胃がん死亡率は減少傾向にあるが,地域がん登録データにより,胃がん死亡率の減少の相当部分は罹患率の減少によることを明らかにした。
A 大阪府がん登録資料及び全国がん罹患率の推計値データによると,日本では,欧米先進国と異なり,男の全がん罹患率,死亡率が減少する兆しはまだはっきりとは見えず,がん対策の成果はまだ現れていない。2004年度から開始された第3次対がん総合戦略では,「がん罹患率と死亡率の激減をめざして」がスローガンとされたことに現れているように,国のがん対策評価の仕組みとして,地域がん登録の重要性が認識されるようになった。
B 全国がん罹患率(推定値)とがん死亡率の推移を比較すると,胃がんと子宮がんでは罹患率,死亡率ともに減少し,かつ死亡率の減少度が罹患率のそれよりも大きく,大腸がんでは罹患率,死亡率ともに増加し,かつ死亡率の増加は罹患率の増加よりも小さかったが,肺がんでは罹患率,死亡率ともに増加し,かつ両者はほぼ並行して増加していた。これは,胃,子宮,大腸の各がんの検診・医療による死亡減少効果は認められるが,肺がんでは検診・医療の効果が現状では小さいことを意味する。
C 乳児に対する神経芽細胞腫の検診事業は,平成16年度から中止することが決定された。この背景には,ドイツで対照地域に比し検診地域で死亡率の減少が認められないという結果が得られたこと,大阪における罹患率・死亡率・生存率の推移の研究と,大阪と英国における神経芽細胞種の罹患率と死亡率の推移の比較研究によって,神経芽細胞種の罹患率は検診の導入とともに増加したが,死亡率の減少は治療の進歩で説明できる程度であったこと,神経芽細胞種の検診は過剰診断・過剰治療の害をもたらすが,死亡率減少効果が明確でないことが判明したことなどがある。

保健文化賞の受賞と今後の課題

 以上のような活動が評価され,本協議会は「保健衛生の分野において実際的な活動や研究を行い,すぐれた業績をあげた団体」として平成17年度の第57回保健文化賞を受賞した。この受賞を励みとして,本協議会は,国立がんセンターがん予防検診研究センター情報研究部と密接に協力しながら,日本の地域がん登録の標準化と精度向上を目指して今後なお一層努力する所存である。

注:地域がん登録協議会の活動に関しては,協議会のwebsite (http://home.att.ne.jp/grape/jacr/)をご参照下さい。