新入会員
一会員の歩み
椙山女学園大学
松谷 康子
プロフィール
世の中,飽食時代で好きなものが好きなだけ食べられる時代ですが,元気で長生きするためには,肥満にならないように気をつけて,毎日必要なものを必要なだけ選んで食べることが大切です。粗食の僧侶は,いつの時代でも平均的に長生きするという調査報告があり,その理由の一つとして,過食を避け心身の修行をするためであろうといわれています。
疫学との出会い
私が疫学と最初に出会ったのは,今から7年ほど前に愛知医科大学から堀部博教授が赴任され,栄養疫学の勉強をさせていただく機会を与えていただいたことに始まります。このことが後に日本疫学会に出会うきっかけとなりました。もともと漠然としか知らなかった疫学でしたが,日本循環器管理研究協議会等主催の循環器病予防セミナーに参加し,一週間,宿泊しながら勉強できたことが疫学研究をしていく糧となったことはいうまでもありません。しかし,実際は解析のいろいろな面で難しさを痛感し,なんとなく腰の引けた調査研究に終わっているような気がいたします。
現在私は,椙山女学園大学に勤務いたしております。私の就任時は「家政学部,食物学科」で,後に「生活科学部,食品栄養学科」への改組転換が行われました。大ざっぱに申しますと,管理栄養士,栄養士および食品栄養関係の研究者などの養成を行っております。
最近は老年学の分野も
私の担当科目は,栄養教育論,栄養教育論実習などです。講義の他に,学生の卒業研究の指導も行う関係で,栄養調査によって食生活習慣と疾患(例えば高血圧,動脈硬化症,肥満,貧血)との因果関係を調べてみたり,必要に応じて動物を用いた栄養実験を行ったりして研究が始まりました。最近は,高脂血症や人体における実験,老人施設における認知症,医療と介護など追及するにつれ,老年学の分野にも入り込んでいます。初めの頃は,学生の希望に応じて,岐阜県の高血圧多発地域の栄養調査や栄養指導を行いました。高血圧といっても私たちが問題にしたのは,腎臓病等の他の病気によって起こった高血圧(症候性高血圧)ではなく,原因がよく解らず遺伝因子が大きく関与している高血圧のほうで,これを本態性高血圧といいます。こちらの方が多くて全高血圧者の90%を占めています。各種の栄養調査・実験を行いましたが,その中で,高血圧地区の住民と,老年になっても血圧があまり高くならない長寿郷の住民との食生活の比較調査をしてみたものがあります。それによって,環境因子の中でも特に食習慣が深く関わっていることが考えられたので,次に,遺伝的な高血圧を食事因子によって抑制することができるかどうか,血圧に及ぼす食事の影響を,モデル動物(高血圧自然発症ラット)で調べてみました。このようにして,調査結果からの私達の予測が実験的に裏付けられた最初の栄養成分は,ビタミンCでした。サンディエゴで催された国際栄養学会で発表した際に,日本の長寿村の栄養調査が意外にアメリカ人に興味を持たれました。現在では,もはや日本食は世界中でブームになっているように思われます。そのほか血清レプチン濃度と肥満に関する栄養疫学的研究や老人保健施設における認知症と非認知症患者の栄養に関する研究,LDL 粒子サイズの簡便な指標としてのTC/TG比の有用性など検討しております。
望ましい食生活
以上,とりとめもなく書き記してきましたが,終わりに,「望ましい食生活」とでも題して,一考してみようかと思います。
病気になってからよりは,病気を予防できれば,それに越したことはありません。予防には種々の観点のものがありますが,基本的に十分で適正な栄養状態を保つことは,すべての病気を防ぐ上で極めて重要なことです。そこで,病気の予防を栄養面から考えてみたいと思います。
今や,わが国は世界最高水準の長寿国の座を確保し,日本の食事はたいへん見直されていて,食生活を日本に学んでいる例も増えてきております。日本には季節の変化があり,季節に応じていろいろなものを混ぜて食べていく伝統,習慣があります。私たちが行った長寿村の調査で,摂食する食品の数が他の地区に比べて際立って多かったことから考えても,雑食するというのは,それも極く自然な形で摂ることは,長命の秘訣の一つと考えてよいでしょう。日本食の難点といえば,食塩の量が多いことでしたが,以前からも長寿地区では食塩を少なく摂っていましたし,近年は減塩を心掛ける傾向が一般的な常識として広まっています。
世の中,飽食時代で好きなものが好きなだけ食べられる時代ですが,元気で長生きするためには,肥満にならないように気をつけて,毎日必要なものを必要なだけ選んで食べることが大切です。粗食の僧侶は,いつの時代でも平均的に長生きするという調査報告があり,その理由の一つとして,過食を避け心身の修行をするためであろうといわれています。それゆえ,食生活上の注意としては,過食せず,偏食せず,動物性・植物性蛋白質をはじめバランスのよい栄養素の摂取が必要です。以上のような良識をもって,自らの食生活を行うことだと思います。ポイントは一つの要因にこだわらず,身体的・精神的な健康度,環境,遺伝的な素因を総合して,自身で制御していくことが肝要であると考えられます。