ある研究室の一日


オープンハウス当日、放影研1階ポスター前にて

汗と涙の物語
1年に1度のオープンハウス


財団法人放射線影響研究所 広島研究所・疫学部
西 信雄


 広島に原爆が投下されて59年経った2004年8月6日と前日の5日の2日間,放射線影響研究所(以下,放影研)では「オープンハウス」というイベントを行いました。これは放影研の施設を一般に公開して,日頃の研究の成果を市民の方々にご紹介しようというものです。「研究室の一日」としては特別な日になりますが,このイベントに取り組んだ我々の汗と涙の物語をもとに,日本疫学会の皆様に当疫学部のご紹介をしたいと思います。
 疫学部のポスター展示は例年,1階の玄関を入ったところで全般的に疫学部の紹介をするものと,2階で個別に研究の内容を紹介するものの大きく2つに分けられます。1階のポスターは,特に研究に関心のない小学生にも読んでもらえるよう,「疫学」をわかりやすく説明したり,各部署をスタッフの写真付きで紹介したりして親しみの持てるものにしました。このポスターを担当したのは今回のオープンハウスの実行委員でもある杉山裕美先生ですが,パワーポイントで漢字にルビが打てないとわかると,ワード上(ルビが打てます)でポスターのレイアウトに整えて,パワーポイントでそのワードのファイルを読み込むという秘策を編み出しました。
 2階のポスターは,疫学部の研究結果として,直接被爆者への健康影響,被爆二世への健康影響,食生活が被爆者の発がんに及ぼす影響について紹介しました。それぞれ副部長の清水由紀子先生,私(西),カトリーヌ・ソバジュ先生が担当しましたが,私以外は,放影研のコホートを対象としたご自身の研究結果を紹介されました。ポスターは44インチ幅のロール紙にカラー刷りしましたが,特にソバジュ先生が作られたポスターはスイカや風鈴の絵が入った夏らしいもので好評でした。またポスターの見栄えだけでなく,内容にも注意を払いました。用語の使い方一つとっても,「被爆」と「被曝」の違い,胎内被爆者の被曝線量の定義など,児玉和紀部長(本ニュースレターの担当理事です),笠置文善副部長をまじえて真剣に議論を行いました。
 さてオープンハウス当日です。ポスターも貼りっぱなしというわけにはいきません。われわれ研究員が交替でポスターのそばに待機して,見学者からの質問にお答えしました。資料も放影研の性格上,日本語・英語の両方で準備しました(こういうとき放影研では,翻訳室という部署に英訳をお願いできるという強みがあります)。杉山先生と私は今年放影研に赴任しましたので,これまで行われてきた研究についてすべては把握できていません。副部長である笠置先生,清水先生のサポートをいただいて2日間の任務を何とか終えました。
 ポスター展示以外では,パソコンを使ったデモも行われました。放影研のコホートでどのくらいの割合の方が放射線被曝に関連する死因で死亡されたかを,原爆が投下されたときの地図にしたがって,それぞれの場所の被曝線量から推定するプログラムです。これを担当したのが,副主任研究員のエリック・グラント先生です。グラント先生の専門はアプリケーション開発・データベース設計で,放影研のデータベースの解析ソフトである"Easy Click"は疫学部での研究上不可欠のものです。
 このオープンハウスでは小学生にも楽しんでもらえるよう,放影研全体で「クイズラリー」も実施しました(正解者には冷たいお菓子がプレゼントされました)。疫学部が出したクイズは,がんにならないようにするための生活習慣として「野菜を毎日食べる」という答えを選んでもらうもので,保護者の方にも納得していただけるよう配慮しました。またキッズコーナーもあり,ソバジュ先生をはじめとする職員が,バルーンアートを作ったり,ぬり絵を手伝ったりと汗だくになりながら子供たちの相手をしていました。
 ここまでオープンハウスというイベントを取り上げて,「研究室の一日」をご紹介してまいりましたが,本来の業務としては原爆の直接被爆者,胎内被爆者,被爆二世のコホートについて,放射線の健康影響を疫学的に明らかにすることであり,そのため原簿管理課や腫瘍組織登録室などでがん罹患を含む予後情報の把握を行っています。また疫学部には病理学研究室があり,当疫学部の顧問である広島大学名誉教授の徳岡昭治先生に相談役としていろいろとご指導をいただいています。また来所研究員として永野純先生が在籍しており,九州大学健康科学センターでの本務と,以前からの放影研での研究をかけ持ちで行っています。
 放影研は研究所のため,大学とは違って学生もいませんし,社会との接点が比較的少ない感じがします。しかし被爆者のコホートを対象とした疫学研究が行える研究機関として,今後も放射線に関連する貴重な研究結果を世界に発信していきたいと考えています。