第9回疫学の未来を語る若手の集い開催記


産業医科大学環境疫学 寶珠山 務


 去る1月23日,第9回疫学の未来を語る若手の集い(以下,集い)が山形テルサに於いて,第14回学術総会に引き続いて開催された。まずは,会場の使用を快諾くださった学会長の深尾彰教授,事前の準備にご尽力いただいた事務局長の高橋達也助教授にこの場をお借りし,改めて深謝申し上げたい。

 今回の集いは,総合テーマを「これからの疫学の方向性を探る〜新しいネットワークとシステムを目指して」とし,セッションA(サブテーマ:疫学の学際的アプローチ−バイオサイエンスにおける疫学の役割)とセッションB(サブテーマ:疫学の未来を語る大討論会〜今夜あなたは歴史の証人になる!)の2部構成とした。参加者数は63名(懇親会参加者は41名)であった。以下に,小生が司会を務めさせていただいたセッションAについて,当日の様子などをまとめてみたい。

セッションA「疫学の学際的アプローチ−バイオサイエンスにおける疫学の役割」

 セッションAでは,従来からも盛んに取り上げられてきた疫学の学際性に焦点を当て,獣医学の立場から山根逸郎先生(独立行政法人動物衛生研究所)に「Veterinary Medicine and Human Medicine as one Medicine」,歯科学の立場から細田武伸先生(鳥取大医学部社会医学)に「最近の口腔保健の動向」と題してそれぞれ講演をお願いした(ちなみに,お2人とも本学会の「若手会員」である)。

 山根先生は,講義の中で,人獣共通感染症の原因微生物と動物種との関連を例示され,感染機序の解明や感染ルートの特定に向けての医学・獣医学共同による疫学的アプローチの可能性に言及された。特に,2001年にBSEが,2003年にSARSがそれぞれ社会的問題となったが,2004年早々,今度は鳥インフルエンザが話題となったこともあり,参加者のかなりの関心を引いたようであった。また,疫学以外にも,獣医学分野での移植医療,生態学,実験動物学,動物を用いた精神医学療法,盲導犬や介護犬などの福祉活動などについても触れられ,相互協力により多くの利点があることを強調された。なお,獣医学領域にも,特に「獣医疫学」の専門分野があり,専門学会として「獣医疫学会」があるとのことであった。興味のある方は,同学会の事務局へぜひ連絡をお願い致したい(山根先生が同学会の幹事をされており,年会費4,000円を払い込めば誰でも会員になれるとのこと。
URL:http://www.vet-epidemiol.jp/ e-mail: )。

 続いて,細田先生は,口腔保健(Oral Health)および歯科保健(Dental Health)の定義と最近の傾向を述べられ,自らの調査結果についても提示してくださった。それによると,今日の口腔保健とは,従来の歯科保健に歯周病の予防治療や咀嚼・嚥下の維持とリハビリテーションを加えた,より包括的なものになってきているとのことであった。また,最近のわが国の歯科保健における「う歯予防対策」の流れも,従来の「二次予防(早期発見・早期治療)」から「個人のリスクに応じた保健指導」へと移行しつつあるそうである。さらに,歯科口腔保健分野の疫学研究の自験例として,鳥取県佐治村住民2,161人を対象にした「歯の喪失と生活習慣および健康状態との関連」について紹介された。その結果,現在歯20歯未満であるものの割合は加齢に伴って増加していたこと(40歳代で3.8%[男]と9.1%[女性],50歳代で16.7%と20.5%,60歳代で54.3%と57.6%,70歳代で64.0%と54.2%),また,歯の喪失に有意に関連していた因子は,性と年齢の他に,GOT値(オッズ比[95%信頼区間]:5.7[1.1−29.2]),喫煙習慣(5.6 [1.8−17.8]),現在の歯石除去(0.2 [0.09−0.56])であったとのことであった。健康日本21にも口腔保健対策が盛り込まれており,私たちの健康をより広い見地から捉えるとやはり,歯科口腔保健の関連要因は軽視できないという印象をあらためて痛感した。

 時間の都合で,山根先生,細田先生と参加者とのディスカッションが出来なかったことは残念であり,かつ世話人側の配慮が行き届かなかったこととして反省したい。なお,当日,経済学や農学を専門とする方々も駆けつけ,集いに賛同と励ましの言葉をかけて下さった。わが集いにとって,他分野の専門家が多少なりとも関心を持って足を運んでくださり,「疫学の学際性」などの議論を深めることで共同研究につながれば,これほどうれしいことはない。集いの活動目標の「相互の研鑚と交流」を,明るく,楽しく,かつ真面目に,今後も目指していきたい。


「疫学の学際的アプローチ−バイオサイエンスにおける疫学
の役割」をサブテーマに開かれたセッションA


セッションB「疫学の未来を語る大討論会」

北海道大学大学院医学研究科老年保健医学 小橋 元

 2003年1月に若手の集いメーリングリストで,疫学界の将来に必要なものを調査したところ,専門性の確立,他分野との相互交流などのキーワードが挙げられた(JE投稿中)。そこで2004年のセッションBでは,専門性の確保および他分野からの参加奨励につながる可能性がある「疫学者認定制度」の是非(ズバリ「日本疫学会は認定疫学者制度を導入すべきである」を肯定するか否定するか)をテーマにすることにした。今回は参加者全員に,持論とは関係なく,たまたま座った場所で肯定派・否定派に別れての「ディベートもどき」をお願いした。あくまでも今回の目的は,結論を出すことではなく,議論そのものを楽しんでもらうことである。

 まったく新しい試みだったので,直前までハズしはしないかと心配(世話人の皆さんには本当にご心配をおかけいたしました)であったが,ふたを開けてみれば,参加者・世話人の皆さんのご協力とノリのよさ,そして発言者のミョーに説得力ある発言(表)などで会場は大いに盛り上がった(写真)。皆様本当にありがとう!大感謝!

 個人的には,当日の発言内容(冷静に見ると結構すごい発言もありますね〔笑)〕を参考にして,適切な疫学者認定制度のあり方について今後も引き続き検討し,役に立つ何らかの実践していきたいと思っている。(誰か一緒にやって美味い酒を飲みませんか?)

表 「ディベートもどき」発言内容の抜粋
肯定側

疫学者のアイデンティティ確立のために必要
他分野から疫学を勉強に来る仲間を増やすために必要
正しい知識や研究の質向上のために必要
専門性の担保は疫学研究の倫理性の点で社会から求められるはず
否定側

疫学者のアイデンティティはなくても良い
認定されれば給料上がるとかのメリットはあるの?
合格不合格によって生じる差別のほうが問題
合格不合格の判定方法が大変
専門性の担保は臨床では命に直結するので必要だが疫学においては必要ない
疫学そのものが社会においてどれだけニーズがあるのか疑問


 「ディベートもどき」の大討論で盛り上がった若手の集い
 セッションB