ある研究室の一日

「公衆衛生学」と「医学ネットワーク管理学」の
二つの専門分野を担当


名古屋大学大学院医学系研究科 健康社会医学専攻 社会生命科学講座
公衆衛生学/医学ネットワーク管理学分野 
玉腰 浩司


 「公衆衛生とは,病める個人も含めた社会で生活するすべての人々を対象とした,社会的な制度であり,学問であり,実践的活動である。」という先人の方々の教えがあります。その教えを心掛け,公衆衛生学,疫学,社会医学に課せられた課題と責任を果たすべく,会員の皆様とともに教室員一同精進していきたいと思います。


 当教室は,健康社会医学専攻・社会生命科学大講座のもと「公衆衛生学」と「医学ネットワーク管理学」の二つの専門分野を担当しています。現在,教室には,豊嶋英明教授をはじめとする教官3名,大学院生6名の他,研究生,客員研究員,臨床教室からの大学院生,実務担当を含め,総勢20名が在籍し,日々,公衆衛生の教育と研究に従事しています。

脳・心血管疾患など生活習慣病の発症を追跡

 研究面では,1997年に複数の企業の従業員約11,000名からなるコホート集団を設定し,仕事内容,食習慣,運動習慣,睡眠,精神的ストレス,家族歴,既往歴などを含む生活習慣アンケートを行いました。現在,その結果と健診成績をもとに,脳・心血管疾患などの生活習慣病の発症追跡を行っています。さらに,2002年には病歴調査を含む詳細な第二次生活習慣アンケート調査を行い,生活習慣の変化を考慮した研究が可能となりました。また,このコホートの対象者からは,インフォームドコンセントを得た上で,1997年と2002年時の血清が採取,保存されています。1997年分については既にインスリン,レプチン,高感度CRP,PLTPなどが測定されており,アンケート結果と合わせて脳・心血管疾患発生および生活習慣病の病態を疫学的に解明すべく研究に励んでいます。その成果は,毎年,日本疫学会学術総会で発表することにより,会員の皆様との討論を経て,公衆衛生上,より有意義なものとなっています。この場を借りて,御礼申し上げます。
 その他に,地域高齢者の健康度,死亡,閉じこもりに関連する要因を明らかにすることを目的とした地域コホート研究も実施しており,男女間,前期・後期高齢者間での社会経済要因との関連性の違いが明らかになってきています。

得られた知見を研究対象者,職域,地域に還元

 様々なテーマの研究を進める上で,我々が常に念頭に置いていることがあります。一つは,研究成果を多くの研究者や公衆衛生従事者に知ってもらうために原著論文とすることですが,それと同等に,あるいは成果によってはそれ以上に,研究から得られた知見を研究対象者,職域,地域に還元することを心掛けています。時に,この過程は研究の計画・進行以上に労を要することがありますが,公衆衛生学,疫学研究の有用性が社会の人々に理解されることが,ひいては有意義な発展した研究の実施に繋がるのではないでしょうか。当教室の研究会では,常にこの視点をもって討論を重ねています。

医師としてどのように関わっていくかを学生とともに考える

 教育においては,保健・福祉・行政などの分野を専門とされる学外講師をお招きして,医学・医療のみならず社会が抱かえる問題に対して,医師としてどのように関わっていくかを学生とともに考える機会を持ち,単なる知識の伝授に終わらぬように配慮しています。また,保健所,高齢者療養サービス事業団の方々のご協力をいただいて,在宅介護をされているお宅に学生を派遣し,直接介護を体験してもらっています。この実習では,介護に関わる福祉制度を学ぶとともに,「高齢者に限らず人にとって健康とは,幸せとは何かを考える良い機会であった。」と感想を述べる学生もいます。また,要介護者を取り巻く人や制度などを実際に知ることにより,「自分は,病気だけを診るのではなく,人を診ることができる医師,その人の社会的背景まで考慮できる医師になりたい。」と述べる学生もいます。昨年度から,社会医学系の教室が一致団結して,社会医学のチュートリアル教育を担当するようになりました。医学教育において,公衆衛生をはじめとする社会医学系講座の役割とは何かと考えてみますと,医師の社会性の養成が挙げられます。すべての医師は社会の中に存在し,社会の一員であり,法律,経済,院外・学外の諸機関・諸組織との関わりの中で業務を行っています。学生たちは,卒後,社会的な判断が求められる場面に幾度となく直面するでしょう。その際,医師としてどのように考え,行動すべきかを,公衆衛生を通じて身に付けられるように,教育・実習にも力を注いでいます。

社会医学たる公衆衛生の果たす役割は益々重要

 最近,青少年が関わる犯罪を多く目にします。被害者であれ,加害者であれ,これらの犯罪は子供たちの世界だけに起こっていることではなく,まして特殊な個人の責任とは考えられません。社会が目まぐるしく変化していく中で,子供たちへ過大な負担や皺寄せが掛かっているように感じられます。このような社会状況の中,社会医学たる公衆衛生の果たす役割は益々重要となってくるでしょう。「公衆衛生とは,病める個人も含めた社会で生活するすべての人々を対象とした,社会的な制度であり,学問であり,実践的活動である。」という先人の方々の教えがあります。その教えを心掛け,公衆衛生学,疫学,社会医学に課せられた課題と責任を果たすべく,会員の皆様とともに教室員一同精進していきたいと思います。