理事長に就任して


日本疫学会理事長 吉村 健清
プロフィール


緒先輩の御尽力で活発な学会活動を展開

 2003年10月の日本疫学会理事会において,能勢隆之理事長の後任として理事長に選出された。さらに,2004年1月山形での会務総会において正式に承認され,山形での第14回学術総会(深尾 彰大会長)終了後から3年間,私が理事長の大役を引き受けることとなった。
 私に理事長職が務まるかと不安であったが,一方では,私を育ててくれた疫学会,また,疫学を学ぶ会員のために,お前の持てる力を尽くせとの命令であると考え,お引き受けすることにした。
 日本疫学会は青木國雄先生をはじめとする疫学の緒先輩の力で1991年に発足した。設立当初は,会員数も少なく,また財政事情も厳しかった。しかし,歴代の理事長(廣畑富雄,柳川 洋,田中平三,能勢隆之),事務局長(田中平三,中村好一,横山徹爾,松村康弘,黒沢洋一)ならびに理事はじめ各会員のなみなみならぬ御尽力のおかげで今や会員数1,364人,学術総会年1回の開催,疫学セミナーの開催,学会誌Journal of Epidemiologyの年4回発行,疫学会ニュースレターの発行(今はHP上)等,活発な学会活動が展開されている。

日本医学会への加入が大きな励み

 このような積極的かつ質の高い学術活動が評価され,日本医学会第92部会として加入が認められた。学会設立から間がない本学会にとって,大きな励みとなった。また,Journal of Epidemiologyは歴代編集委員長(田中平三,渡辺 昌,中村好一)をはじめとする各委員の努力で益々充実し,遂にImpact Factorを出せることとなった。さらには,昨今の個人情報保護や疫学研究の倫理問題を反映して,疫学会では倫理審査委員会を持たない組織や個人の疫学研究に対して倫理審査を行う体制を作り上げた。さらに,近隣の国々との人的学術的交流を深める一環として,日韓疫学セミナーの開催を続けている。
 以上のように,1991年の設立当初の状況からは予想もつかなかったような発展を遂げている時期に,疫学会のまとめ役を任され,責任の重さをひしひしと感じる次第である。

疫学会のすそ野を広げたい

 では,これからの日本疫学会ではどんなことを考える必要があるだろうか。以前から考えていたことを述べてみたい。
 まず第一に,疫学会のすそ野を広げたい。疫学は感染症の防疫から始まり,今日の臨床疫学,分子疫学,災害疫学などあらゆる分野で疫学という方法論が使われている。これは,世の中で疫学の方法論,考え方が必要と思われている証拠であり,疫学会として喜ばしいことである。
 しかしながら,疫学会の中で,臨床の課題が積極的に出されて議論されたことはあまりなかったように感じている。また,SARSの事例において,まさに疫学の重要性が眼のあたりに見せられたにもかかわらず,現在の疫学会の会員で積極的にSARSの疫学や防圧にかかわった者はあまりいない。
 それから,環境疫学の分野とも言えるかもしれないが,地球温暖化の影響が媒介昆虫などの生態系の変化を通じて,感染症発生にどのような影響を及ぼすか,これは,これからの人類の生存の上で重要な課題である。しかし,このような研究をしている疫学者も学会の中では少ない。すなわち,いろんな分野で疫学的考え方や方法論を使っている人が数多くいるが,学会員として活動している研究者は少ないのではないかと考えられる。
 設立当初,循環器,がん,難病の疫学を専門としている研究者が主であったため,このような会員構成になるのも無理からぬと考えられるが,私はこれからの人類の健康にとって,どのような分野に疫学が役立つか,またどのような分野に疫学の考え方を入れるとよいのか,このような観点から疫学にかかわる多くの専門分野の方々に疫学会に入って議論してもらいたいし,また,会員同志で共に刺激しあって,それぞれの分野をクリエイティブに発展させてもらいたいと考えている。

疫学の教育システムの強化

 第二に疫学の教育システムの強化である。現在,国内でまとまった疫学のコースとしては,学会の疫学セミナー,循環器セミナー,日英セミナー,産業医学基本講座での疫学といくつかあるが,受講者の多様なニーズを満足させられるような数ではない。残念ながら,今は国外のいろんなコースで疫学のトレーニングを受ける方が効率的と考えられている。しかし,それでは多くの保健専門職や医学研究者の人達に疫学の考え方が普及しない。米国では,高校で疫学の教育を取り入れ,その重要性を理解させようとしている。
 そこで,疫学会では,疫学の考え方の普及を目指して,どのようなシステムを考えればよいか検討したい。さらには,疫学の初級,中級,上級コースへと発展できれば嬉しいことである。このようなコースは,School of Public Healthのような教育システムができないとなかなか実現しないかもしれないが,疫学会でもできることから考えたい。
 以上二つが私の課題と考えている。
 最後にこれからの疫学,疫学会に向けて学会員各位が積極的に意見や提言を寄せていただき,刺激的な疫学会になることを期待している。