研究班紹介



少年犯罪を生活習慣・家庭環境から予防する


国立保健医療科学院生涯保健部母子保健室 加藤 則子


少年犯罪の予防を公衆衛生の問題として捉える

 近年犯罪の低年齢化が社会問題となっている。普段おとなしい子どもが突然「キレる」ことによって起こる凶悪な少年犯罪が社会に衝撃を与え,これから子どもを産み育てる世代にとっても未来に不安を抱かざるを得ない状況が作り出されている。2000年5月,社会を震撼させた佐賀バスジャック事件を契機に,文部省−国立教育研究所(当時)から共同研究の依頼を受けて,当時の国立公衆衛生院内に思春期暴力に関する研究チームが結成された。
 当研究班は厚生(労働)省から研究助成を受けている。平成12年度厚生科学研究厚生科学特別研究事業「思春期暴力の原因究明と対策に関する研究」(主任研究者:小林秀資 国立公衆衛生院(当時)長)に始まり,平成13年度厚生労働科学研究障害福祉総合研究事業,平成14,15年度厚生労働科学研究こころの健康科学研究事業へと続いている。メンバーは小林秀資,林謙治,土井徹,簑輪真澄,田中哲郎,大井田隆,曽根智史,三砂ちづる,小林正子,佐藤加代子,加藤則子,山田和子,福島富士子,須藤紀子,山崎晃介(東海大学),菅原ますみ(お茶の水女子大学),津富宏(静岡県立大学),正木朋也(東京大学)(敬称略)他である。

得られた研究成果

 警察庁の犯罪に関する既存資料を再解析したところ,大都市を含む都道府県で重大犯罪の発生率が高いことが分かった。少年による殺人事件の推移は県別の順位に一貫性がみられ,また殺人の多いところでは強盗,恐喝,賭博も多かった。社会生活統計指標では,小学校長期欠席児童比率,生活保護を受けている高齢者の割合,余暇活動の平均時間の3者がそれぞれ独立して殺人検挙に影響を与えていた。
 粗暴傾向はADHD(注意欠陥多動障害)から移行することが多いことから,小学校563校の養護教諭と日本小児科学会研修指定施設531箇所の小児科医に,ADHDと思われるケースについて調査を行った(平成13年1月)ところ,小学生のADHDは1000人あたり3.7人の発生で,高学年ほど少なかった。近年増加している印象を持つ小児科医が多く,対応には児童精神科医との協力が必要とする考えが多かった。
 首都圏の中高生5138名に「キレる」と言うことばについての考え方等に関して調査を行った(平成14年1月〜2月)ところ,ちょっとカッとした程度を「キレる」としている者ほど「キレた」ことが多いと判断しており,「キレる」の基準が個々人で異なることが分かった。「キレる」回数が多い者は,家族と居たくない,よく眠れない,話せる友達が居ない,ことばで気持ちが表現できない,等の傾向が大きいことが分かった。数量化3類による多変量解析を行ったところ,第1軸として粗暴傾向,第2軸として孤立・内向傾向が確認された。
 朝食欠食による低血糖が青少年の突発的行動の引き金になることから,中高生3505名の朝食の摂取状況と午前中の自覚症状との関連を調べた(平成14年12月〜平成15年2月)ところ,買ったり持参するなどして朝何かを食べた者は午前中体調が良好であることが分かった。
 青少年暴力に関する介入とその評価について,諸外国においてはデータベース化されているが,わが国においてはレビューも充分に行われていない。このため介入の取り組みについて文献検索を行ったところ,評価を含めて報告されているものが確認されたことには勇気づけられる。
 これらの研究は文部科学省国立教育政策研究所と協力して行っているものであり,文部科学省側のデザインによる共同研究の成果は文部科学省委嘱研究 平成12〜13年度「『突発性攻撃的行動及び衝動』を示す子どもの発達過程に関する研究報告書」にまとめられている。

「キレる」の診断基準の作成から総合的なまとめへ

 この研究を総合的にまとめるに当たっては,「キレる」の診断基準に関して当研究班によるスケールを作成してゆくこと,子どもの成長過程の各段階において,どのような時期にどのような問題が起こりやすく,それに対してどのような予防策があるのかという問題の見取り図を整理,完成させてゆくことが課題となってくる。少年犯罪の原因を確定するには警察と連携した研究が必要だが,これが充分に行えなかった。これを可能にしてゆくのは多方面との調整が必要になってくるが,この研究班としては,もしそれを行うとしたらどのような調査票を使えばよいのか,その案について固めておくことが必要になってくる。今年度中に総合的な成果をまとめてゆく方針である。