ナショナル・センターの役割と人材


国立がんセンターがん予防・検診研究センター情報研究部 
祖父江 友孝
プロフィール


 わが国では,がん対策の実施に関するナショナル・センターの役割がまだまだ未分化ですが,証拠に基づいたがん対策を推進するためには,国立がんセンターが他のナショナル・センターと協力して中心的な役割を担うべきと考えます。そのためには,多くの適切な人材をナショナル・センターに集結することが必要です。


 今年(2003年)でちょうど大学を卒業して20年経過しました。大阪で11年(その間アメリカで1年),東京で9年過ごしたことになります。東京での生活も,それなりに慣れてきたかと思っていた矢先,昨年の7月に研究所がん情報研究部長を拝命して以来,生活が一変してしまいました。元来,役不足であることは明らかなのですが,それに加えて,ナショナル・センターとして一定の役割を果たすべきでありながら,これまで取り組みが十分でなかった「がん登録」「がん検診」といった課題について,国立がんセンターにおいても適切な役割を担うべく,その方向付けを行うことになり,ほとんどcapacityを超えた毎日を送っております。

がん予防・検診研究センターがスタート

 本年10月より,上記の役割を果たす受け皿として,国立がんセンター内に運営部,病院,研究所に続く第4の組織として,がん予防・検診研究センターが組織上スタートします(www.ncc.go.jpをご覧下さい)。とはいっても,実際の建物自体は旧管理棟を改築して使用する予定が10月時点では完成しておらず,12月あたりから引っ越しを始めると聞いています。がん予防・検診研究センターは,検診,検診技術開発,予防研究,情報研究の4部からなり,事業内容の概要としては,検診部:一定数の被検者(遺伝子解析,生活歴調査,フォローアップに応じられる方)を対象として現下で最新の検診を実施すること,検診技術開発部:新しい検診技術および検診機器を研究開発すること,予防研究部:がんの発生を予防するための効果的な方法を研究開発すること,情報研究部:わが国のがんの実態把握,がんの予防及びがん検診に関する情報を収集・分析し,提供すること,となっています。検診部が主体となって行う検診は,来年2月からのスタートを予定しています。

中央登録室の作業手順の標準化・効率化の検討を進める

 私共の担当する情報研究部の機能をもう少し細かく列記すると,整備基本構想案の中では,1)がんサーベイランス事業,2)がん予防及びがん検診に関する情報の収集・分析と普及,3)一般国民及び保健医療従事者に対する情報提供,4)有効ながん予防法及びがん検診法開発のための多施設共同研究の運営,の4つが掲げられています。いずれも,短期間のうちにすべての機能を確立することは難しいと思われますが,必要度の高いところから着手していく所存です。
 まず必要な機能として「がんサーベイランス事業」があげられます。この具体的内容としては,@がん死亡・罹患の現状と動向の把握:人口動態統計,地域がん登録,Aリスク要因の現状と動向の把握,Bがん検診の現状と動向の把握,Cがん治療成績・診療状況の現状と動向の把握:地域がん登録,院内がん登録,などが整備基本構想案に記載されています。殊に,全国レベルのがん罹患統計については,これまでがん研究助成金の地域がん登録研究班が主体となり,実質的には大阪成人病センターの先生方が中心となって,比較的登録精度の良好な府県市がん登録のデータを元に全国値が推計されてきました。現在,1975〜98年のデータが公開されています(http://www.mc.pref.osaka.jp/)。
 しかし,わが国の地域がん登録の精度は,比較的良好な府県市でも必ずしも国際的な水準には達しておらず,Cancer Incidence in Five Continents Volume 8 (2002) では,登録精度が低いために解釈に注意を要することを示すアスタリスクが,わが国から掲載された6つの府県市がん登録のうち広島市を除く5つのがん登録に付けられています。
 一方,本年5月に施行された健康増進法第16条には「国及び地方公共団体は,……生活習慣病の発生の状況の把握に努めなければならない」と記載され,厚生労働省健康局長名の施行通知(2003.4.30)の中で,「具体的な内容は,地域がん登録事業及び脳卒中登録事業であること」と明記されました。また,2004年から開始される第3次対がん10か年総合戦略のキャッチフレーズは「がんの罹患率と死亡率の激減を目指して」と定められ,重点的研究課題としては「がんの実態把握とがん情報・診療技術の発信・普及」,さらに「地域がん登録や院内がん登録の推進」が盛りこまれました。本年度からは,がん予防等健康科学総合研究事業の指定研究として「がん予防対策のためのがん罹患・死亡動向の実態把握の研究」班(主任研究者 祖父江友孝)が開始され(来年度からは,第3次対がん10か年総合戦略に合流予定),これまであまり手が付けられていなかった中央登録室の作業手順の標準化,効率化,ひいては精度向上についての検討を進める予定です。

がん予防及びがん検診に関する情報収集・分析・普及にも着手

 次に着手すべき機能として,「がん予防及びがん検診に関する情報の収集・分析と普及」があげられますが,この具体的内容としては,「有効ながん予防法・検診法を普及させるために,予防部門や検診技術開発部門で実施されている研究をはじめとした国内外の情報を収集・分析し,ガイドラインを作成する」として,@がん予防(一次予防)に関する情報収集・分析及び普及,Aがん検診(二次予防)に関する情報収集・分析及び普及,の2項目が整備基本構想案に記載されています。これまで,わが国における予防,検診分野のガイドラインは,研究会検討委員会や研究班に委ねられ,常設の公的機関が定期的な更新を念頭に置いて活動することはありませんでした。一方,アメリカ国立がん研究所(NCI)のPhysician Data Query(PDQ, http://www.nci.nih.gov/cancerinfo/pdq/ 証拠のまとめを提供することが目的)では,ほぼ4カ月に1回の割合で内容が更新されています。また,US Preventive Service Task Force(http://www.ahcpr.gov/clinic/uspstfix.htm 臨床的予防サービスの有効性についてガイドラインを提供)では,トピック性を考慮して一定期間ごとに更新されています。こうした常設機関によるガイドライン更新の際には,文献収集と選択,研究の質の評価,まとめの作成,利益と不利益のバランスの検討,recommendationの作成,外部の評価,と進む過程をできるだけ客観的に定式化して公開する努力がなされています。
 本年度から開始されたがん研究助成金「がん検診の適切な方法とその評価法の確立に関する研究」班(主任研究者 祖父江友孝)では,有効性評価ガイドラインの更新と定式化,受診率のモニタリングと向上策,精度管理方法の検討を研究課題として取り上げ,本年度は大腸がん検診を取り上げて検討を続けております。ヨーロッパでは,子宮頚がん,乳がん検診の精度管理のためのマニュアルをECが主体となって更新しています(http://www.cancer-network.de/)。

多くの適切な人材をナショナル・センターに集結することが肝要

 最近では,アメリカ疾病予防対策センター(CDC)においても,地域における予防対策の有効性を検討するCommunity Preventive Services Task Force(http://www.thecommunityguide.org/)が立ち上がり,がんについては疾患・リスク要因・検診受診率に関するデータをも含めて提示して(http://cancercontrolplanet.cancer.gov/),州・市郡政府の政策担当が,証拠に基づいたがん対策を策定することを支援する仕組みが構築されてきています。このCancer Control Planetは,アメリカNCI,CDC,American Cancer Societyなどが共同で運営するweb siteですが,アメリカでは,ナショナル・センターである,NCIとCDCが,それぞれ「研究を主体」「対策実施を主体」という立場を保ちつつ,協力体制を構築しつつあります。その中で,強く感じるのは,研究と対策実施との距離がどんどん近づきつつあることです。
 わが国では,がん対策の実施に関するナショナル・センターの役割がまだまだ未分化ですが,証拠に基づいたがん対策を推進するためには,国立がんセンターが他のナショナル・センターと協力して中心的な役割を担うべきと考えます。そのためには,多くの適切な人材をナショナル・センターに集結することが必要です。皆様方のご支援・ご協力をお願いします。