「健康日本21と栄養・食生活」
女子栄養大学栄養学部(食生態学)
武見ゆかり
壮年期死亡の減少,健康寿命の延伸,QOL(生活の質)の向上を目的とした21世紀における国民健康づくり運動「健康日本21」が2000年から開始された。国の方針を受け,平成13年度中には47都道府県すべての地方計画が出揃い,その推進段階に入っている。本年7月の健康増進法の公布を受け,現在は,政令市,市町村レベルで地方計画の策定・推進が活発に進められている。
生活習慣病予防における栄養の重要性を示唆
国の計画では,9つの重点分野について,2010年までに達成すべく計70項目の目標設定がされた。栄養・食生活分野では,図1に示す枠組みに基づいて,栄養状態,栄養素(食物)摂取レベル,知識・態度・行動レベル,環境レベルの3つのレベルについて,14項目の目標が提示された。循環器病,糖尿病,がん,歯の健康など他分野でも,栄養・食生活関連の目標が示されており,70項目中約3分の1は,栄養・食生活に関する項目となっている。各地の地方計画でも栄養・食生活分野を重点的に扱っているものは少なくなく,生活習慣病予防における栄養の重要性を示唆するものといえよう。
科学的根拠に基づく目標設定が大きな悩み
「健康日本21」推進の基本方針は,1)生活習慣病の1次予防の重視,2)ヘルスプロモーションの視点をふまえた支援的環境整備の重視,3)行政や民間企業,NPO,関連団体など,多様な実施主体による連携の促進と住民参加の重視,4)科学的根拠に基づく目標設定と評価,以上の4点とされる。地方計画策定においても,これらの基本方針をふまえて進めているところが多いが,策定関係者の大きな悩みの1つは,4)の科学的根拠に基づいた目標設定がうまくできない点である。出来ない理由は単純で,自分たちの地域に科学的根拠が十分にない,今あるデータをどう再構成したら然るべき根拠になるのかわからない,外国や他地域の知見をどこまで自分たちの地域に適用して良いかの判断が難しい,等々である。
地域全体を代表する栄養調査結果がない !
栄養・食生活に関して例を挙げれば,疾病と栄養素摂取,食品摂取の関連については,栄養疫学の発展に伴い,外国や国のエビデンスが入手可能で参考にはできる。しかし,市町村では,地域住民全体の栄養素や食品摂取状況の診断を行うに十分なデータがない(つまり,地域全体を代表するような栄養調査結果がない)ことが多く,目標数値の設定まではできない。また,計画推進段階を考えると,「食塩摂取量は10g未満に」といった栄養素レベルの目標より,食行動や食態度レベルの目標の方が一般住民にはわかりやすく実践性が高い。例えば「味噌汁は1日1杯以下に」とか「インスタント食品や加工食品の利用は週○○回以下に」とか「塩分控えめの食事をすることは自分の健康にとって重要という信念がある」といった示し方である。しかし残念ながら,最終的にねらっている健康状態との関連で,どのような行動や態度をとりあげることが妥当なのかを判断するエビデンスがほとんどない。食環境レベルについては,況や,である。その結果,科学的根拠よりも,住民の思い,策定関係者の思いが優先した目標項目や目標値の設定になる。「住民のための住民による住民自身の健康づくり」だから,それもいいじゃないか,という考え方もあろう。しかし,日本で初めて科学的根拠に基づく健康政策とその推進を謳った意義はどこに行ってしまうのか。
科学的根拠を溜めていく努力が必要
現状で,科学的根拠が十分にない事実は事実として認めるしかない。しかし,5年後の中間評価,10年後の最終評価の時に向けて,科学的根拠を溜めていく努力を関係者みんなでしていく必要があろう。そのためにも,地方行政の現場と研究者の密なる協力関係が重要で,私も及ばすながら,栄養・食生活領域で努力していきたいと思っている。その時には,住民の思いを十分に反映しつつ,科学的根拠に基づいた健康づくり施策の見直しができるように。ご関心のある先生方のご協力を心からお願いして,本稿を終えたい。
図1 健康日本21 栄養・食生活分野の目標設定の枠組み