ある研究所の一日
「国民栄養調査・健康栄養情報研究系」で
日本疫学会と深く関連
独立行政法人国立健康・栄養研究所研究企画・評価主幹
吉池 信男
従来の栄養所要量の改定作業においては,各栄養素について専門家がそれぞれの視点から数値の設定等を行っていたところを,近年のEBMの考え方に沿った形で,エビデンスのより系統的な整理・統合を図ることを目指しています。このような作業においては,疫学的なものの見方・考え方はたいへん重要であり,また栄養所要量の目的として,生活習慣病の予防により重点がおかれるようになり,コホート研究を中心とした疫学データの解釈が益々重要となってきています。
国立健康・栄養研究所は,大正9年に内務省内に設立され,その後昭和13年より厚生労働省(旧厚生省)の研究機関として,栄養を中心とした健康づくりにかかわる調査研究を行ってきました。国の行財政改革の一環として,旧厚生省の研究機関としては唯一,旧労働省関係の産業医学総合研究所,産業安全研究所と合わせて厚生労働省全体では3つの機関が,平成13年4月より独立行政法人となりました。
独立行政法人化にあたり,理事長(旧組織では「所長」に相当)には,政府から田中平三先生が指名されました。そして,新理事長の下の1年余に,独立行政法人としての「目標」に定められている組織運営の効率化,社会ニーズへの対応等を確実に行うための"改革"が行われ,現在,それらに関して種々の評価を受けているところです。時代の必然的な流れでしょうか,"税金を使って運営する機関"として納税者に対する十分な"サービスの提供"と"説明責任(accountability)"が厳しく求められています。
重点研究プロジェクトに対応するため研究組織を全面改変
さて,研究所の組織と研究の内容を簡単にご紹介しましょう。研究所の役割は各独立行政法人に関する法律の中で,「国民の健康の保持及び増進に関する調査及び研究並びに国民の食生活に関する調査及び研究等を行うことにより,公衆衛生の向上及び増進を図る」とされていますが,厚生労働大臣が定める5カ年毎の「中期目標」を達成するべく,重点的に行うプロジェクトが3つ設けられました。
第1番目は,「エネルギー代謝に関する調査及び研究」で,我が国初のヒューマンカロリーメータ(被検者に6畳程度の密閉室に生活してもらい,その間の酸素及び二酸化炭素濃度の変化を測定)を用いて,日本人のエネルギー消費量に関する正確な測定データを集積しています。2つめは,「国民栄養調査の高度化システムに関する調査及び研究」で,国民栄養調査及び都道府県等の栄養調査において,食事データの入力,チェック及び集計・解析業務を支援するシステムの開発等を行っています。3つめは,「食品成分の健康影響の評価に関する調査及び研究」で,いわゆる健康食品及び栄養補助食品等について,その生理的有効性,評価方法及び適正な摂取基準に関する動物実験や調査を行っています。その他にも,いろいろな調査・研究を行っておりますが,特にこれらの重点研究プロジェクトに対応するため,研究組織も全面的に改変されました(
図
)。
栄養改善法に基づく国民栄養調査集計業務を推進
3つの研究系のうち,日本疫学会と深く関連するところは「国民栄養調査・健康栄養情報研究系」で,それを構成する2つの研究部について,健康栄養情報・教育研究部を松村康弘先生が,健康・栄養調査研究部を私(吉池)が担当しております。この研究系においては,栄養改善法に基づく国民栄養調査集計業務を行うとともに,「健康日本21」地域栄養計画策定に対する技術的な支援を行うための体制づくりを進めています。また,私の研究部では,わが国において"手薄"となっている母子の栄養・食生活に関する調査研究にも積極的に取り組んでいく予定です。
EBMに沿ったエビデンスのより系統的な整理・統合目指す
さらに本年の4月には,健康増進・人間栄養学研究系栄養所要量策定企画・運営担当リーダーに,国立がんセンター研究支所より佐々木敏先生が異動し,次期の「日本人の栄養所要量」の改定に向けて,国内外に蓄積されたエビデンスに関する系統的なレビューを行うプロジェクトを開始したところです。従来の栄養所要量の改定作業においては,各栄養素について専門家がそれぞれの視点から数値の設定等を行っていたところを,近年のEBMの考え方に沿った形で,エビデンスのより系統的な整理・統合を図ることを目指しています。このような作業においては,疫学的なものの見方・考え方はたいへん重要であり,また栄養所要量の目的として,生活習慣病の予防により重点がおかれるようになり,コホート研究を中心とした疫学データの解釈が益々重要となってきています。このようなことから,今回のプロジェクトにおいては,日本疫学会の若手の先生方にも多く参画していただいております。
公衆栄養分野でアジアの国々と協力推進する体制づくりスタート
最後に,これからの研究機関のあり方として,国際協力や産業界との連携がきわめて重要な課題となっています。本年4月からは国際・産学共同研究センターを新たに設け,アジアの国々と特に公衆栄養分野での協力を推進する体制づくりを開始しました。日本疫学会の会員で,この分野にご興味をお持ちの先生がおられましたら,お声かけ下さいますようお願いいたします。まずは,国内におけるネットワーク形成と人材の確保から始めたいと思っているところです。また,今回ご紹介いたしました内容等について詳細をお知りになりたい方は,
http://www.nih.go.jp/eiken/index.html
をご覧下さいますようお願いいたします。