疫学会との出合いから分子疫学へ


近畿大学医学部公衆衛生学教室講師 森田 明美


 長期のコホートなどを維持し得る研究者というのは,神様のようだとか鬼のように怖いとか,あるいはアイドルのようだとか,いずれにせよカリスマ的な面も必要とされるのではないかとも思います。「母集団の顔が見える疫学研究」という言葉がありますが,はるか彼方の理想的な研究者になるのは当然無理としても,測定因子の顔や性格を理解して研究を行う疫学研究者になりたいと思っています。


 私が日本疫学会と最初に出合ったのは,異国の地シドニーでした。国際栄養学会に参加するためアデレードに向かう途中で,同行の先生の一人がシドニー大学で開催されていたIEAの学会にも参加されたので,ほんの少しですが私も講演等を聴きに行きました。その時に田中平三先生らが,学会会場のロビーにブースを出して日本疫学会の紹介をしておられたように記憶しています。

研究のイメージとしてフィールドワークを思い描く

 もともと,漠然とではありますが基礎医学と臨床医学をつなぐような研究をやりたいと思って社会医学系の大学院に進み,研究のイメージとしてはフィールドワークのようなものを思い描いていました。実際いくつかの調査研究にも参加させてもらっていましたが,研究計画,実施,解析と色々な面で壁にぶち当たり,疫学研究の難しさを痛感するとともに,疫学会への参加には腰が引けた状態であったように思います。しかしその後,第2回の英国疫学・公衆衛生コースに幸運にも参加する機会を得,すばらしい講師の先生方のお話に感銘を受けるとともに同年代の情熱的な各国の研究者と出会えたことによって,もっと積極的に学ばなければという意欲が出て疫学会にも入会させていただきました。

分子生物学的手法をトレーニング中

 現在私は,骨粗鬆症など加齢に関係する疾患について遺伝子多型と疾患の発症,予後,他の要因との関連等を調べる研究に携わっていますが,最近このような研究に,分子疫学や分子予防医学といった言葉がよく使われるようになりました。疫学研究における要因(予測因子,結果因子,交絡因子等)測定や介入を,分子レベルで(分子生物学的手法を用いて)行った部分を含む研究は,分子疫学研究と呼ばれると理解しています。
 大規模な疫学研究では,研究者がすべての要因の測定を自分で行うことは現実的に不可能です。分子疫学でも,ある分子生物学的マーカーを測定しようとする時に,その専門領域の分子生物学者との共同研究を実施し測定部分を担当してもらう,ということができれば理想的なのですが,「社会医学をやっている人間が例えば生化学的なことまで調べたいと興味を持った部分に,生化学を専門とする研究者が興味を持ってくれることは非常に少ない」のだという話を聞いたことがあります。実際,今国内で行われている疫学研究で遺伝子の解析などは誰が担当しているのかといえば,学会発表などを聞いた限りでは,疫学研究者自ら,もしくはその研究者の指導を受けている若手研究者やテクニシャンが測定にあたったというものが多く,遺伝子解析を専門としている共同研究者もしくは施設が担当したという研究は少ないと思われます。
 私は,最初に参加した疫学調査で,一般血液生化学検査も含め出来る限りすべての要因測定を自分でするよう指導を受けた経緯があり,また動物モデルを用いた実験的研究も続けてきたので,時間的・量的な制約や技術的な問題を除けば,実験的な要因測定を自分で行うことに抵抗はありませんでした。実験手技的なことはやらないという疫学研究者もいらっしゃるかもしれませんが,クオリティコントロールの責は当然研究者側にあるので,実験的手技についてもトレーニングと技能チェックを行える専門の担当者が研究チームにいるのでなければ,研究者自らが少なくともチェックが実行可能な程度まではその手技について習熟することが必要になってきます。私自身は,分子生物学的手法については,現在トレーニングを積みつつ,適切な精度管理が出来るよう取り組んでいます。

測定因子の顔や性格を理解する疫学研究者になりたい

 疫学研究者には,科学研究者一般に求められる資質にプラスして,多方面の協力研究者の組織作りと相互調整の能力,調査対象となるフィールドとの良好な関係の維持を可能にする人柄といったものも要求されます。長期のコホートなどを維持し得る研究者というのは,神様のようだとか鬼のように怖いとか,あるいはアイドルのようだとか,いずれにせよカリスマ的な面も必要とされるのではないかとも思います。「母集団の顔が見える疫学研究」という言葉がありますが,はるか彼方の理想的な研究者になるのは当然無理としても,(あまりにも基本かも知れませんが)測定因子の顔や性格を理解して研究を行う疫学研究者になりたいと思っています。