保健統計を教科書に書きながら


藤田保健衛生大学医学部衛生学 橋本 修二


 どこかの集まりで,疫学者を前にして,生物統計学,とくに統計モデルのような基礎について,もっと理解を深めてほしいと発言したことがあります。保健統計にも同様の印象を感じます。そういえば,教科書の分担執筆にあたって,いくつかの疫学や公衆衛生学の教科書をみました。ほとんどの本で保健統計が取り上げられています。ただ,その内容は国勢調査と人口動態統計の紹介程度に止まっているものも見受けられ,この傾向は対象読者が医師,保健婦,栄養士などとはあまり関係がないようです。疫学,公衆衛生学の視点から重要な保健統計も少なからずあり,また,保健統計の見方や留意点も大切のように思います。


 異動後,のんびりとした日々を過ごしていましたが,ほんのひとときのことだったようです。東京大学大学院医学系研究科から6月1日に異動し,1か月半ほど経過しました。いろいろなことがある中で,ちょうど,教科書の分担執筆が一段落したところです。かなり以前に依頼を受けて,そのときにはこのような時期に当たるとは思ってもみませんでした。内容は保健統計であり,いくつかの本に書いたこともありますが,その活用はかねてから研究として取り組んできた課題の1つであります。ここでは,保健統計について,いま,感じているところを記してみたいと思います。

記述疫学の中で多用される保健統計

 保健統計については,いまさら,説明するまでもないことです。疫学においては,記述疫学の中で用いられることが多いように思います。人口動態統計に基づく死亡率は各種疾患の基礎データとなっています。糖尿病実態調査,感染症発生動向調査,あるいは,レセプトに基づく統計などもあり,また,難病では患者調査に基づく総患者数が利用されています。分析疫学としては,地域相関研究に比較的よく使われます。断面研究には単独の保健統計だけでなく,複数の保健統計を用いたものもあります。たとえば,国民生活基礎調査と国民栄養調査の個人単位のレコードリンケージに基づく研究などです。コホート研究ではendpointとして人口動態統計の死亡票が広く利用されており,また,NIPPON DATAのベースライン調査として循環器疾患基礎調査が用いられました。

個人的にはまだ活用の余地

 このようにみると,保健統計は疫学によく利用されているともいえますが,個人的には,まだまだ,活用の余地があるように感じます。国の統計について,個別データを疫学研究に利用するためには,法律などの規則に従って申請する必要があります。その申請手続きは時間や手間などの面で容易ではありませんし,国の補助金による研究班などが関係しないと公益性から許可を得にくい面もあります。統計にはそもそもの目的があり,それ以外の目的への使用に一定の制限があることは当然ともいえます。以前に,少し緩和してほしい,と申し出たところ,申請数の少なさを指摘されました。保健統計の疫学研究への活用を進める上では,いろいろな面からの努力が必要なのかもしれません。

改善進む保健統計

 従来から,日本の保健統計には完全性がきわめて高いなど,多くの優れた点が指摘されています。とくに,対象の代表性,規模の大きさなどは疫学的にみても重要な点と思います。たとえば,国民生活基礎調査の3年に1回の大規模調査では,全国約28万の世帯が無作為抽出され,調査される世帯員数は78万人に及びます。国民栄養調査は約1万5千人が対象ですが,栄養調査,身体計測,血圧測定,血液検査,喫煙・飲酒・運動・食習慣の調査が実施されています。もちろん,保健統計に対する問題点の指摘も少なくありません。たとえば,追跡が実施されない,調査項目の内容が疫学的にみて必ずしも十分でない,調査項目が標準化されていない,などなどです。最近,これらの問題点についても改善が進みつつあるように感じます。たとえば,疫学的観点から最も重要な追跡については,21世紀出生児縦断調査が実施されました。私の認識に誤りがあるかもしれませんが,日本の保健統計の枠組みの中で,はじめて追跡が組み込まれたようにも思います。また,保健統計の調査項目検討のために研究班が組織され,その中に疫学者が参加することも多くなったように思われます。

保健統計にもっと理解を

 どこかの集まりで,疫学者を前にして,生物統計学,とくに統計モデルのような基礎について,もっと理解を深めてほしいと発言したことがあります。保健統計にも同様の印象を感じます。そういえば,教科書の分担執筆にあたって,いくつかの疫学や公衆衛生学の教科書をみました。ほとんどの本で保健統計が取り上げられています。ただ,その内容は国勢調査と人口動態統計の紹介程度に止まっているものも見受けられ,この傾向は対象読者が医師,保健師,栄養士などとはあまり関係がないようです。疫学,公衆衛生学の視点から重要な保健統計も少なからずあり,また,保健統計の見方や留意点も大切のように思います。
 制限枚数を気にしながら,そんなことも考えて教科書の分担執筆をしましたが,出来映えについては何ともいえません。原稿の提出期限までには少し時間がありますが,いま,大幅に書き直す元気もなく,そのまま提出することになりそうです。